1話



更新※
 まさに青天という表現がピッタリの空だった。
 ひんやりとした冷気が、街全体を覆い尽くしていたが、明るい太陽の光が春の到来を予感させた。
 雲ひとつない宙空に、二十頭ほどの竜が、戦隊を組んで左から右へ、はては右から左へ。
 天高く飛び上り、一気に駆け下りて空に浮かび上がる。
 アクロバット飛行に近い代物を、披露していた。
 難易度の高い芸?を披露するたびに、それを見物していた街の人たちの歓声が上がる。
 これは、竜を抱える城主のみが主催できる、領内ならではの初春の風物詩だ。
 ふいに竜達の姿が消えたかと思うと、二頭だけが空高く舞い上がり出した。
 煙玉を竜の足に括りつけているために、空に人工的にできた筋の雲が出来上がる。
 弧を描きだしたそれは・・・。
 ハートの形で重なりあうと、二頭は離れてゆく。
 簡単そうに見えるが、空中での接近は、極めて危ない。接触したら終わり。の、難易度の高い技だ
 まるでハートのリボンのような体裁を整えた雲に、どこからともなく現れた竜が一直線に貫いてゆく。
 これは城主が、愛妻にあてた“サプライズ”な愛の贈り物なのだ。
 南の庭の方様は今頃、城から下界が一望できる特等席のバルコニーで、感動のあまり涙を浮かべていらっしゃるかも知れない。
(お幸せなご夫妻だわ・・。)
 なんて事を思って、竜達の姿を目で追うルーザが、なぜ“サプライズ”な仕掛けを知っているかと言うと・・。
 ルーザだって竜騎士だからなのだった。
 先輩方の話を耳にしていたから・・。
 広がりがちな茶色の髪の毛を布で留めて、鼠色の地味なワンピースの上に前掛けをした格好は、どう見ても下働きの侍女の格好だ。
 北の塔の方様付きの侍女として、今は仕事中なのだが、どうしても竜の飛行が見たかった。
 だからコッソリ塔の上にあがって、小さな窓から観戦していたのだった。
 今でこそ、奴隷の身分で、それも女の身でありながら、“竜騎士の銘”をも拝命したルーザを、城内の方々は、“城主が決めた仕方のない事”・・・。
 なんて、諦めの境地で認めてはくれているが、ルーザが幼い頃はそれこそ大変な毎日だった。
「お〜おぉー。」
 声が上がってハッとなる。
 次の演目が始まったからだ。
 ハート型の筋雲は、みるみる空に溶け込んでゆき、今度は21頭すべてが煙玉を持って、平行に飛び立つ姿が見えた。
 そろそろフィニッシュだ。
 ドキドキする心の臓を押さえて、ルーザは竜達を見守った。
 これからの演目の見せ場は、太陽に届きそうになるくらいに高く飛び上って、一糸も乱れぬ戦隊をくんだまま、回転して降りてゆく。
 そして、地面近くを駆け下りて、散り散りに霧散する
 とても綺麗な扇型を形造る演目だった。
 扇の形が大きいければ大きいほど、良いとされていた。
 大きい形を造ろうとすれば、より高みに昇らなければいけないから・・。
 竜達が、みるみる高みにまで昇ってゆくのに目を見張る。
 姿形が点のように小さくなってゆくのを目にして、眩暈を起こしそうになった。
 初春の日差しは柔らかとはいえ、そこまで近づいて、焼けてしまわないか心配だ。
 おまけに宙に高く浮かべは浮かぶほど、空気が薄くなるとも聞いているのだ。
 途中で気を失って、たずなを握る者がいなくなった竜は、一体どうゆう行動を起こすのか・・。
 不安になって、ヤキモキして見守るルーザの心配をよそに、竜達はきれいな線を描いて地上に降りてくる。
 統率のとれた動きで、ほぼ同時に地上に降り立った竜達は、煙玉を地面に落として、散りじりに霧散した。
 城下は、割れんばかりの大拍手だ。
 口笛を吹き鳴らして、賛美のアクションを起こす。
(無事にすんでよかった・・。)
 アクノー城付きの竜騎士達の能力は、スィニェーク帝国内でもトップクラスだ。
 とはいえ、いくらなんでも高けりゃいいとは限りないだろうと思う。
 とにかく無事に終わったのにホッとして、仕事に戻ろうと階段を下りようとした時、ある物が目に入って動けなくなってしまった。
 何頭かの竜達が、こっちに向かってくるのだ。
 遠目にもハッキリわかった。
「リオート様・・。」
 光を浴びて、鋼の黄金色に輝く竜は、それは美しかった。
 大きな牙に小さな羽根。
 ほとんどの人達は、小さな羽根で竜が飛ぶものと思われているが、実際にはそうではない。
 小さな羽根は、舵のような役割を示した。
 竜の竜たる所以の素晴らしい所は・・すべての物を、地面に縛り付けておく圧の力を薄めて飛ぶことにあるのだ。
 煌めく黄金竜のたずなを握る御方の名は・・。
 リオート・ドラガツェーンヌイ・カーミリャ。
 甲冑に身を固めているため、詳細はここからでは見えなかった。
 けれどもスラリと高い体躯で竜にまたぐ、銀色の甲冑のお姿も、凛々しかった。
 竜騎士を、憧れない者がいないのと同時に、サラサラとたなびく銀色に近い黄金の髪に、薄い碧い瞳を持つ彼の事をも、賛美の視線を送らない女性もいないだろう。
 ルーザだってそのうちの一人だったのだ。
 スイニェーク国内のすべての竜騎士を、統率する中枢機関に配属されて、副総統の銘をも受けるリオートは、ルーザの姿に気付いていないようだった。
 いつもはアクノー城にはいない。アクロバット飛行の披露のために、特別に呼ばれた御方だった。
 青銅色の竜や、赤褐色の竜やらを従えて、あっというまに主の目前を通り過ぎてしまう。
 目の保養になったとばかりに、コクンとうなずいて、仕事に戻ってゆくのだった。
 ちょっとだけのつもりが、結構長い時間を要してしまった。
「怒られるの・・覚悟だね・・。」
 自分で言って、自分で答えて、ルーザは慌てて階段を下りてゆく。
 ルーサに言い渡されている仕事は、部屋の掃除だ。
 いつもは使わない部屋の掃除を言い渡された瞬間に、北の塔の方様付きの侍女長のクローシカが片目をつぶって合図してくれた仕事だ。
 竜騎士の演目を、少しくらいは見ても構わないわよ。
 ルーザは、そう暗黙の了解を得られたものと勝手に解釈して、窓から見学していた具合なのだった。
 北の塔の方様をはじめ、ここで働く人達には、よくしてもらって、感謝感謝の毎日を送っているルーザなのである。





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