3話
その後の事の、記憶が混濁していてよく思いだせない。
とにかくひどく怒られた記憶だけは、今でも残っていた。
後で聞いた話なのだが、淘汰されるはずの竜が、奴隷を宿主に選らび、血の契約を結んだ現象は稀有な話で、竜騎士どころか、城主さえ頭を悩ませた程だったという。
禁忌を犯した者として、共に裁きを与えよ。と進言する輩もいたという。
『時を猶予する。』
アクノーの城主が下した決断がそれだった。
飛翔能力を持つのが条件だった。持たないと分かった段階で、裁きを与える。
執行猶予付きの“死”の判決だった。
審議官の前で言い渡されたルーザは、震えながらその判決を聞いたのだった。
その日から必死の子育てが始まった。
赤ちゃん竜・・・ルーザ自らが『クー』と命名した竜は、さすがに淘汰される運命にあっただけあった。
食も細く、弱かった。
何度も生死の境をさまよった。
献身的なルーザの世話の甲斐あって、何とか命はつなぐものの、成長だって驚くほど遅い。
竜は通常1シーズンで飛翔能力を持つ。が、この竜は3シーズンたっても飛べなかった。
不安な竜の子育てと、免除されなかった下働きの仕事は、ルーザの体力を奪い、気力までをも削いでしまう。
とうとう体力の限界が来て、倒れてしまい、配置転換された先が、北の塔の方様の下働きだったのだ。
北の塔の方様は、領主様の御母上様にあられて、温厚な御方なのがよかった。
竜の宿主であるルーザに対する理解も示してもらえて、ほとんどの時間をクーに費やすことを、許されたのである。
そんな毎日の中で、ルーザにとって、宝石のように大切な瞬間が訪れるのだった。
後々にまで、何度も思い返して、心の支えにもなった、ある出来事・・・。
それは、ふいにやってきた。
うつらうつらと、眠りに入ってゆくクーの背中を、ポンポンとさすりながら、不安な視線で見つめていた時の事だった。
3シーズンたっても飛翔能力を持たない状況は、領主様達に、いつ死の裁きを与えられるか分からない。
なまじクーが必死に生きようとしている姿を知っている分、ルーザはひどい不安にさいなまれていた。
そんな感じで常時恐怖を抱えながら、ぼんやりしていたものだから、すぐ側まで人が来ていたなんて気付きもしなかった。
「段々大きくなっているよ。・・その竜。」
声をかけられて、ハッとなって顔をあげて、そこに立膝をついて、ルーザの事をジッと見ている人が、いるのに気づいて動揺する。
なぜなら、目の前にいる彼は、竜遣いとしても、覚えもめでたいエリートクラスの 少年だったから。
クーと同じ母竜から、それも同じ時期に孵化した竜遣い。
銀色に近い金糸の髪が、サラサラとルーザの前でたなびく。
色素の薄い碧眼には、ビッシリと長い銀色のまつ毛がそろっていた。
肌は透き通るかのように白く、これがまさに世界の宝珠と例えられる訳なのだと納得できた。
女の子と見まごうばかりの美しい少年だった。
「もうちょっとしたら、飛べると思うだろ?」
鈴がなるように、可愛らしい声。
小さな口から出た言葉が、信じられない内容のものだった。
「・・。」
目を見開いて、仰天して言葉もでないルーザに、彼は首をかしげて
「ひょっとして、信じてあげていないの?」
「・・・・!」
少年の言葉は、その時のルーザの心に浸み渡るものだった。
今までの、鬱々とした気持ちを、吹き飛ばしてくれるくらいの言葉だった。
その頃のルーザは、竜騎士になるための教育を受けていなかったために、竜に対する詳細など分からなかったのだ。
バックグラウンドのない竜の子育てほど、心細いものはなかった。
だからこそ、すでに竜騎士として立身している彼の言葉が信用できた。
せっかくのアドバイスを、モノにしようと必死になった。
(そうなんだ・・宿主の私がクーを信じなくちゃいけないんだ・・)
素直に思って、
「そう。・・よね・・。」
と、答えてポロポロと涙が出てくる。
「飛べるようになるよね・・信じていたら・・飛べるように・・。」
彼の言った事に、縋るような形になってうめき、歓喜の渦に涙をポロポロ流し出すルーザの様子に、ビックリした彼が、あわてて指を差し出して、ルーザの涙を拭ってくれた。
「クーはきっと飛べるようになる。
だから、3シーズンにもなっても領主様からの裁きがないんだよ。
死ぬんだったら、もうとっくに死んでいるはずだから・・この竜は稀有な竜なんだ。
心配しないで・・。」
そう言ってくれたのが、彼だった。
彼も子供の頃に宿主になっていた、珍しい例の竜騎士だったのだ。
ルーザとは違い、彼の竜は黄金色に輝き、今や誰よりも高く飛翔し、大きな炎を吐く。
それを操る彼は、出世街道まっしぐらのリオート・ドラガツェーンヌイ・カーミリャ様。
憧れて、彼の姿を追い求めるくらいは構いやしないだろうと思う。
彼が言った通りにあの後、クーは飛翔能力を持つようになったのだから・・・。
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