2話



 部屋の掃除を、あっという間に終えて、シャアシャアとした顔をして、侍女長のクローシカに報告する。
 それから、竜の厩舎に行ってもようございますか?と、表向き確認の言葉をかけると、
「北の方様の、就寝のお世話までには戻るように・・。
 ・・・無事演目が終わってよかったわね。」
 なんて言われて、こけそうになる。
「いえ・・はあ・。」
 どっちとも取れる返事をして、愛想笑いをしながら、その場を後にするのだった。
(無事、演目が終わったって・・。)
 侍女長だって仕事中だったはずだ。
 なのに結果を知っているという事は、彼女も見ていたと言う事だ。
「みんな見たいのは、同じなのね〜。」
 鼻歌を歌いながら、北の方様の領内を外れて、竜の宿舎のある城の僻地へと向かってゆく。
 スィニェーク帝国の城砦の多くは、頑丈な石作りで出来ていた。
 作物は少しの春と、涼しい夏の間にしか栽培することができなかった。
 多くの男達は狩猟と、城主の監督の元に、大地奥深くに眠る地下鉱物の掘削に駆り出され、女たちは織り物をして生計を立てていた。
 『kamono』という化け物が出現する、極寒の土地は、人が住むにはあまりに過酷で・・。
 太陽の光が薄いために、生粋のスィニェーク人の特徴は金髪碧眼だ。
 多民族国家なので、その特徴はスィニェーク人には、当てはまらないかもしれない。
 が、国内では色素が薄ければ薄いほど、尊いとされていた。
 ただ、帝国内で共通なのは、作物が取れにくい土地柄だ。
 狩猟でとれた肉を主食にするため、体格もおおむね大きいほうだった。
 寒さをしのぐためにも、度のきつい酒を常飲する者も多く、大体、年齢を重ねるごとに、男女とも寒冷焼けした赤ら顔に、脂肪を貯めたでっぷりな体型になってゆく。
 その点若い頃は、白磁の肌に金の髪、碧い瞳の純スィニェーク人は、世界の宝珠と例えられる程に、珍重された。
 ルーザの髪は茶色で、綿毛のようにふわふわとした癖のある髪だ。
 肌の色も、白くはなかったし、体格もスィニェーク人のようにスラリとした体型ではない。
 ルーザは幼い頃に、他の者立ちと共に、買われてきた奴隷だったから。
 奴隷で、なおかつ竜騎士。
 この身分は、とても微妙で、目立ったものだった。
(とにかく、厩舎に入らないと・・。)
 バタバタ走って石作りの廊下をわたり、宿舎に戻ると、素早く侍女の服を脱いでゆく。
 すべての竜騎士が出払っているので、今日は気兼ねなく着替えれる筈だ。
 わざわざ空いている部屋を探して、コソコソ着替えなくてもいい。
 共同の部屋で、いきなり前掛けを取り去って、ワンピースを頭から脱いだ。
 服はそのままイスにかけて、釘に引っ掛けた袋から、竜騎士一揃いセットを取り出すと、シャツを着て上着を羽織る。ブーツにパンツを押しこんだら完成だ。
 いつも忙しいルーザは、動作もどちらかと言えば雑なのである。
「クーちゃん!」
 大声で叫んで呼びかける。
 赤ちゃん厩舎で、クーは待っている筈だったから。
 自分の存在をアピールして、安心させてあげたかった。
 特に今日のような日は、寂しがっているはずだから。
 呼びかけながら、厩舎に入っていると、クーはいた。
 つぶらに瞳に、ポヨンとした太めの体躯。
 孵化から7シーズンもたつのに、柔らかな皮膚は固化していなくて、だから赤ちゃん厩舎にしか、いられない。
 竜騎士が竜騎士たる所以。
 それは竜に宿主として、認められる事から始まった。
 竜と血の契約をし、互いに影響しあい、信頼関係を築いて、初めて彼等にまたがる事を許されるのである。
 クーに駆け寄ったルーザは、竜の目の前でそっと手を広げた。
 ヨタヨタと歩いてきて、首を主の胸に預けて目を閉じる。
 これは、赤ちゃんの時からしていた儀式のようなものだ。
 クーは孵化した時には、間引かれる運命の竜だったから・・。
 そのせいだか、不安の強いこの竜は、宿主の温かい感触を求めてくるのだ。
 ルーザだって、まるでわが子のように、クーをキュウ。と抱きしめてから、
「いい子にしてた?」
 ルーザが問いかけると、クーは首をかしげて、
「クーちゃんかわいい。」
 なんて答えてくる。
 一瞬、喋れるの?なんて誤解される事があったが、そうではない。
 この言葉は、まるで喋る小鳥と同じ要領だった。
 何度も耳元でささやかれていた言葉を丸覚えして、喋るのに適さない口腔内を必死に動かして発音する。
 それは人の言葉となった。
 クーは、北の塔内で見た金色の竜や製銅色の竜に比べて、可哀そうになるくらいに惨めな見た目だった。
 固化しないために、たるんだ皮膚はガサガサで、かろうじて外見上は竜の特徴を宿しているものの、凛とした格好良さは皆無である。
 当然、アクロバット飛行のメンバーには選ばれない。
(クーは私と同じ・・。)
 見るたびに思う。
 奴隷の身分で、うっかり竜の宿主になってしまったルーザに、突きつけられる現実だった。
 当時の事は、未だに虚ろな過去の出来事で、よく分からない。
 ただ、奴隷として連れてこられたルーザが、初めてあてがわれた仕事が、竜の厩舎の下働きだった。
 そこで、竜の孵化の瞬間を見てしまった。
 その竜が淘汰されるなんて、知りもしなかった。
 ただ木の箱に、無造作に入れられた小さな赤ちゃん竜は虫の息で、誘われるようにして、つい手を出して抱きあげてしまったのである。
 竜の体はとても柔らかくて、温かかった。
 縋るように見上げた竜の青い瞳を見て、素直に可愛いと思った。
 その時は、竜の本当の姿形が、どんなものか知らなかったから。
 クーは(この時はまだクーの名前は付いていなかったが・・。)ふいに顔をあげてルーザの手をパクリと噛んだのだ。
「いたっ。」
 つい叫んでしまったものの、純粋に痛みは走らなかった。
 痺れるような甘い感覚に、一瞬ボーとなったルーザは、厩舎に入ってきた竜騎士の一人に、大声で怒鳴られるのである。
「お前、何をしてる!」
 言われても答える事ができなかった。
 フラリ・・・とよろめいて床にドサッと倒れてしまったからなのだった。
 赤ちゃん竜が、ルーザの手をかんだ行為。
 それこそ、竜と宿主が血の契約をする行為そのものだと、後から知らされるのだった。



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