5話




 扉をノックすると、すぐにも応えがあった。
「失礼します。」
 答えて扉を開けて、ドアのすぐ側で立つ。
 リオートは、ソファに腰掛けて寛いでいる様子だった。
 長身の体を投げ出すようにして
「なぜ祝いの席に、顔を出さない。」
 と、問いかけてくる顔は、さっきまでの祝宴で、だいぶ気をよくされたようだ。
 楽しそうに瞳を泳がして、問いかけてくる声色が艶っぽい。
「アクロバット飛行に、参加しておりませんので・・。」
 侍女長に言った言葉と同じ言葉を出すものの、彼の前では、とても申し訳のなくなるような“言い訳”のように響くのは何故だろう。
「曲芸をするのが竜遣いの務めか?そうではないだろう。」
 言いながら、今夜は深く責めるつもりはないみたいだ。
 ソファから軽く立ち上がって大卓に向かうと、ポツンと置いてあった紙袋からある物を取り出して、ルーザに見せてみた。
「・・・これは・・。」
 目の前に掲げられても、とっさにその物が、分からない。
 それがなぜ、彼の手に握られているのか、理解を超えていたから。
「これ・・ルーザに似合うと思って、買ってしまった・。」
 リオートの言葉が、さらに難易度をアップさせる。
 彼の手に握られているのは、とてもきれいな青い石に糸をつなげたネックレスだから。
 一瞬、めまいがしそうになってしまった。
「リオート様。私ごときに、そんな高価な・・。」
「安心しろ。どうせそう言うと思って、安物だから。」
 言って、返事も聞かずにルーザの首にかけてしまう。
 スーと騎士様の手がルーザの胸元を滑って首筋を撫でる。
 目の前に、とても綺麗なお顔のどアップ。
 男にしては長いまつ毛は銀色で、スーと通った鼻筋は繊細だ。
 顎も細くシャープで、薄い口元が、少し開いて白い歯がかい間見られた。
 少しお酒も召し上がっているのだろう。
 ほんのりと紅をさしたように頬に赤みがさしているのが、またルーザをクラクラさせられる。
 特徴だけみてみると、女性とみまごう外見を、全然そんな風に見せないのが、キリリと強い眉毛と、鋭い瞳だ。
 繊細な体付きの割に、背も高い。こうやって近くで見ると、肩幅もやっぱり男性だと分かるくらいに広かった。
 すべての造りが、ルーザと違うのだ。
 初めて会った時は、ルーザとほとんど背も変わらないくらいの華奢な少年だったのに・・。
 年月を経て、彼は凛々しく、そして逞しく成長された・・。
 首の後ろに手を回されて、ハッとなる。
 ドキドキした。
 パチッと、留め具をはめる音がして終了。
 騎士様は、離れてルーザの姿を見て、満足気な顔をする。
「この石には、安全の祈願が込められてあるんだ。少しでも怪我がないようにな。」
(やっぱり・・。)
 竜騎士のくせに、ドジで間抜けで使い物にならない竜騎士ルーザは、はるか上の上司になったとしても、未だに頭が痛いのかも知れない。
 少し期待?してしまった・・・というか”リオート様がルーザを夜の伽に召す対象に見てくれた?”・・なんて、普通の侍女が見るような夢を見た自体、あり得ない話だった。
 リオートに召される女性は、彼と同じ様な金糸の髪を持つ。透明感のある美女だ。
 この城に泊まる時に、いつも相手に選ぶ女性が、そんな感じなくらいなのは、ルーザだって知っている。
(分かってるわよ。自分でも・・。)
 心の中でつぶやき、年頃の自分に、一瞬でも期待をもたせるような代物を、下賜しないでほしい。とも思ったり・・。
(普通・・石でもネックレスなんか、何にも思わない子に、渡しちゃいけないよ。
 いつものお菓子で十分なのに・・。)
 八当たりな気持ちでブツクサつぶやいて、リオートが窓に腰掛けルーザを小さく 呼んだのに気付かない有様だった。
 よくよく考えてみなくても分かるが、騎士団を統率する“副総統”ともあろう方が、たまにアクノー城に戻った時に、必ず何かの“お土産”を直接、手渡してもらう事実のありがた味なんて、日常化しているために、何とも思わないルーザなのだった。
「ルーザ!」
 少しきつい調子で呼ばれてハッとなり、
「ハイ。ただ今・・・。」
 愛想笑いを浮かべて、側によると、騎士様の視線は、窓から一望できる竜の厩舎の上だった。
 竜には屋根は必要ない。
 かつてはあったらしいのだが、屋根で覆っても、そのたびに焼かれて、そのうち屋根は作らないようになったという。
 雨、雪、風をモノともしない、固皮を持つ竜だからこそ、できる所業だ。
 各々眠りに入る竜達の姿を見下ろすリオートの顔は、とても柔らかい。
 彼がこんな表情をして、竜達を見つめる視線を、ほとんどの者は知らないかもしれなかった。
 仕事中は、いつも厳しく冷たい瞳をしていたから。
 瞳の色が、薄すぎるので、時に酷薄なイメージを、人に抱かせやすい人だった。
 けれど、このギャップが、ルーザには、たまらなかったりする。
 裏で言われている程、彼は血の通わない副総統ではないのだと、思える瞳だった。
「クーの様子はどうだ?」
 聞かれてハッとなる。
 リオートがルーザを部屋に呼ぶのは、クーの様子を聞きたいがためだ。
 それを思い出して
「飛翔距離も、少しずつ伸びてはいますが・・。
 未だ火は噴きません。」
「落ち着いているか?」
「ハイ。」
「そうか・・。ルーザが言うんだったら大丈夫だろう。」
 なんて答えてくれた。
 リオートはルーザを、女からだとか、出来そこないの竜の宿主だからとか、差別しない。
 その点厳しかったが、それ以上に、こうやって耳を傾けてくれるのだった。
 指導もしてくれた。
 彼のアドバイスが、どれほど竜騎士としての仕事に役立っているか、わからないくらいだった。
 たまにこうやって、部屋に呼ばれ、二人っきりで話す時の、彼の声はとても優しい。
 低めのトーンで静かに語る口調は、いつもルーザを夢見心地にしてくれた。
 元々勉強家で、いろいろな知識を持っていて、その上彼の経験から放たれるリオートの言葉は独特だった。
 スーと馴染めるものだったのだ。
 これが2つ年上なだけなんて、思えないくらいのキャリアだった。
 だから大好きなのだ。
 片思いは、ずっと続行中だ。
「私はいつも思うのだよ。オスの竜が育ち難いから、女騎士の出番がないだけなんだと。
 元々生物は、みなメスの方が勢いがあるんだ。
 それは人間も然り。
 ・・・竜も、メスの方が育ちやすい傾向にある。だから、自然と男の竜騎士の立場が確立されたんだろうと、私は思うんだよ。
 メスが宿主に選ぶのは、だいたい男だからな。」
「そうなのですか・・。」
 言いながら、心の中で思う事は一つ。
(やっぱりリオート様の事が好き・・。) 
 だった。
 彼の話を聞くのも。
 優しい瞳で、竜を見守る瞳の色も。
 颯爽と竜に乗るお姿も・・・。
 わき上がってくる歓喜の感情を抑えて、リオートの側に侍っているなんて、当の本人は、知らない事だろう。
 ルーザと同じように向けてくる、賛美の視線に慣れている人だったから。
「そうだ。前にも言ったな?
 この国にも、他の国にも、あまたの神様が宿って、祭られているが、元は唯一の神から分散されたことを・・。」
「ハイ、聞きました。」
「この世界の絶対神は、太母神。」
 言いながら近づいてくる騎士様の瞳が、妖しく光る。
「母なる大地の神様なんだ。」
 言って、リオートは、ルーザの目の前でひざまずいた。
 いつの頃からか、彼の方から、するようになった仕草だった。
 初めてされた時は、ビックリして声も出なかったほど。
 今は、自然と軽く手を広げてリオートを待つことが出来る。
 ひざまずいた彼は、当然ルーザを見上げる形になった。
 ゆったりとした動きで、近づいてくる。
 その時の彼の瞳には・・。
 尊いものを見るかのように、憧れの混じった感情の色が加わり・・。
 そして、ルーザの胸元に顔をうずめたリオートは、満足気に軽く時を吐く。
 布を通して、彼の暖かい吐息が、ルーザの胸を温めた。
「リオート様・・。」
 掠れた声を上げるルーザに、
「太母神は、ルーザの中にも存在しているのだよ。」
 ささやいて、しばらくはそのままの姿勢で二人の影は重なって動かないのだった。


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