7話
春はあっという間に過ぎ去って、短い夏になる頃。
城主の血をうけた男子が、竜の宿主に選ばれたらしいと、漏れ聞いた。
毎年、竜は母竜から孵化するが、孵化してもクーのように淘汰される事の方が多かったのだ。
久方ぶりの、宿主選出だった。
若い頃に、城主様が外に作った男子だったらしい。
ルーザも知らない名前の人だったが、違う部族の長老格の女性との間に出来た子で、これも血気盛んな少年らしいとの事。
「今回の宿主もどうかなあ。」
飛翔能力を持つことができなければ、竜は自家中毒をおこして死にいたる。
同時に宿主はお役ご免だ。
だから、竜騎士達は、竜が飛翔能力を持つまで(竜が一人前になったと認められるまで。)宿主をチームの仲間と呼ばずに、一段下の者とみなす。
もう一つ。竜騎士の間の独特のしきたり?風習にあげられるものとして、宿主になった時点で、みな同等とみなされるのである。
どれほど格式が高い家の生まれであっても、その威光は消えた。
そして、ただの宿主となる。
そして、一日でも早く宿主になった者を“兄さん”と呼び、どんなに年下の者でも、そして女性であっても“姉さん”と呼ばなければならない。
次には、宿主と呼応する竜の格だ。
これが圧倒的に高い場合は、役職が変わる。
リオートがそれのいい例で、異例の速さで“副統領の銘”をもらったのは、彼の格と竜の格ゆえ。
圧倒的な力の差があれば、序列を飛びこえ、変化するのだ。
だが、それも竜が一人前になって、宿主も『竜騎士の銘』を、受けてからの話だった。
竜騎士の格こそ、元の身分に左右されない。そういった意味でも・・・。
(高い身分の人が宿主になると、ややこしいんだよね〜〜。)
命令される事のなかった彼等は、まずは下っ端になって、こき使われる現実を、受け入れる事から、始めなければならないから。
知った顔をしてルーザは心の中でつぶやいていた。
同時にリオートの言葉が浮かんでくる。
こういった事柄のほとんどは、“リオート様”から教わっていたからだ。金科玉条のごとく、彼の言葉に影響をうけまくりのルーザなのである。
『・・・古の人達が、魔の契約を結び、自然界の流れを歪めてまで、竜を手なずけた経緯は、圧巻だと言わざるを得ない。
人間のつくった“小さなあれこれ”なんか吹き飛んでしまうのだよ。
竜騎士は、王に忠誠心を誓い、王から騎士の銘を受ける。そして、国の安寧を図るために存在する。
だからこそ、身分なんて関係ないんだが、そう単純にいかないのが、人間ってものなのだな・・。』
なんて言葉を思い出して、うなずくルーザなのだった。
新しく入ってきた宿主は、ルーザとよく似た髪の色をしていた。
フワフワと綿のように逆立ってはいなくて、少し癖っ気のある髪を無造作に後ろにくくるのみだったが・・。
体格は偉丈夫そのものだった。
ルーザと同じ16歳と聞いていたのに、十分背が高かった。厚い胸板に、筋肉隆々の腕を自慢するかのように、まくり上げていた。
腰は締まって、しなやかな長い脚へと続く。
目付きは、生意気なガキそのものだった。
干し草を集めて、掃除していたルーザに
「おい、騎士団長様はどこだ。」
と尊大に問いかけてきて、思わずムッとした。同じ髪色だあ、なんて親近感がわいたのに損した気分。
竜の厩舎にいるルーザは、奴隷ではない。
命令される身分ではないのだ。ムッとなって、
「先に言っておくけど、私はあんたよりは身分上なんだけれど。」
と返すと、
「んだと〜。」
と目を向いてガンをとばしてくるのだがら、まともに受けるんじゃなかったと、後悔する。
厩舎には、他の竜や竜騎士ともに出払っていて、ここで喧嘩になったとしたら、ルーザに勝ち目はない。
「・・・・私は。」
それでも、竜騎士のプライドにかけて言いかけるルーザに
「新入り、なに油売ってるんだ。さっそく女襲って宿主返上されたいのか?」
品行も問われるのも、竜騎士たる所以だ。
ふいに出入り口から声がかかってほっとする、
ケベックだった。
竜騎士になって3番目に古株。
それと呼応して、戦闘時に受ける傷をたくさん持つ男性。
「あっ、ケベック兄さん。変な因縁つけられて困っちゃってるんです。
この新入りを、騎士団長の所に連れて行ってやってくださいませんか?」
と言うと、新入りの男は目を見開いて、
「何が因縁だぁ。なめんじゃねえ、」
顔を歪めてガンつけた表情が、単純に恐ろしかった。
思わず怯えた表情を、浮かべてしまったのがいけなかったのか。
ケベックがとてつもなく素早く厩舎に入ってきて、新入りの腕をガシッとつかむと
「マジ“クビ”になりたいのか。お前。竜騎士になりにきたんだろ。」
と冷たく言い放つ。
声のトーンが変わったのは、彼が本気に怒った証拠なのだ。
「しかし、こいつが・・。」
となおも説明しようとするので、
「能書きは後で垂れればいい。今の失態。何も知らない故での行動だったとして、免ぜられるかもしれないが、俺は許せねえな・・。」
竜騎士を舐めていたら、とんでもないことになる。
新入りよりも、何年も齢を重ねて辛苦を舐めつくした男のセリフには重みがあった。
「・・・。」
思わず唾を飲み込み、言葉の出ない新入りの腕をグイッとつかむと、
「お前の用事は、ここで済む事か?そうじゃないだろう。俺と共にサッサと来るんだ。」
ケベックに怒鳴りつけられて、新入りは引きずられるようにして、厩舎をでてゆくのである。
それを見送って、ルーザは大きな声を張り上げた。
「ありがとうございます。ケベック兄さん!」
言って、90度。頭を下げた。
竜騎士団は、城を護衛する騎士団と同等の位置にある、いわば軍隊の流れをくむのである。
その割に、宿主の年長格を兄さんと呼ぶあたりは、軍隊らしからぬ特徴を宿しているのかもしれないが・・。
とにかく、ほとんど実戦に駆り出されなくて、ごくつぶしのような形で竜騎士に所属するルーザも同じ戦士だ。
規律にしたがって頭を下げるのは、当然の礼儀なのだった。
そして、スィニエーク領内の、違う部族からやってきた新入り。ヴイーザフ・スラノーヴァヤ・コーシチィとの初めての出会いが、それだったのだった。
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