8話




 宿主の気性が激しいと、それに呼応する竜の扱いもとても大変なものになる。
 竜との信頼関係は、ピンで築かなければいけなかった。
「あいつ。竜と共倒れするんじゃないか?」
「ペンエの時のようにか?」
「似てる気がするんだ。」
 新入りを遠巻きに見ながら竜騎士達は、冷静にとても怖い話をしている。
 共倒れとは、竜が宿主を食って、竜自身も破滅するという、それは恐ろしい状況なのだ。
 竜騎士になるのは、みんなの憧れだが、甘い世界じゃないのである。
 宿主と竜は、血と血で契約を済ませる。
 血で拘束された竜のほとんどは、宿主の死と共に消滅した。まれに力が残った竜は、二代目の宿主を選べるケースもあった。
 竜が自由に空を飛べるのは、宿主が自らの命と引き換えに、竜を解放するときのみ。
 古えの人達が、野生の竜を、どうやって手なずけたのか、ルーザにも分からない事なのだった。



 新入り=ヴィーザフは、竜との信頼関係を築こうとして必死だ。
 言い聞かせようとして、無理矢理抑え込もうとするものだから、赤ちゃん竜が恐怖で、すくみあがって悲鳴を上げているのがよくわかる。
 ルーザにはそう見えるのだが、実際の景色とは言うと、小さいながらに鋭い牙と爪をもつ竜が襲いかかり、必死にヴィーザフが抑え込もうとして全然うまくいかない。
 すでに何度も引っかかれていて、血まみれ状態だ。
 息もたえだえで、いつ卒倒するか分からない彼の様子は、悲壮感が漂っていた。
「あ〜あ。こりゃ時間の問題だぜ。」
 ケベックが一言言った瞬間。みなワラワラと闘技場から離れてゆくのである。
 もともとは、竜との契約の瞬間は、見てはいけないものとされていた。
 そこに竜と人間との尊厳が含まれているから。
 けれど、板の間に、木で打ち付けただけのそこは、覗きたい放題だ。
 誰もいなくなっても、ルーザはそこから離れられなかった。
 なぜなら、赤ちゃん竜が、あまりにもかわいそうだったからだ。
 新入りが何とか力任せに、竜の小さな羽根をねじりこませた瞬間。
 ・・・もう耐えれなかった。
 ルーザは、また禁忌をされている事をしてしまっていた。
 闘技場の中に、入って行ってしまったのだ。
 そこに、誰もいなかったのが、良かったのか悪かったのか。
 孵化した竜の羽根は、とても脆くてはかない。契約時に怪我をしてしまったら、それこそ自家中毒の未来を見せつけられる事になる。
(そんなの嫌だ!せっかく孵化して、宿主を選べたのに・・。)
「新入り!羽根を触るな!力任せに抑えつけてどうする!
 怖がってるのが分からないの?」
 叫んで竜とヴィーザフとの間に割って入って、新入りの方を突き飛ばしてしまっていた。
 ア然となるヴィーザフを尻目に、
「大丈夫だよ。赤ちゃん。大丈夫・・恐くないから・・あの人は、あなたを守ってくれる人なの・・。」
 言いながら、必死に小さな竜を囲い込む。
 当然引っ掻かれたし、つつかれた。そんな事にギャアギャア言ってられない。
 ものともせずに、ニッコリ笑いかけてサワサワッ・・と触れては離れ、触れては離れを繰り返し・・。
 竜は次第におとなしくなってゆく。
 孵化してすぐに、宿主以外に触らせるなんて、あり得ない話なのだが、赤ちゃん竜は、自然そうなってしまっていた。
 静かにうずくまった所に、
「新入り!」
 と、かすれた声で呼びかけた。
「!」
 とっさに動けないヴィーザフに、
「でかい図体して、なにボケッと突っ立ってんのよ・・。赤ちゃん竜を触りなさい。ソッとよ。
 自分が宿主だよって。囁きかけながら・・。
 気持ちを込めて。これから俺がお前を育てていくから・・。よろしくとか何とか、後は自分で考えなさい。」
「押さえつけちゃだめ!」
 上から触ろうとする新入りを怒鳴りつけると、彼は動きをとめて、さっきとはうって変った優しい仕草で撫でてゆこうとする。
 彼がサワサワ・・とルーザがしたように撫でつけると、竜はジッと静かにうずくまったまま、ヴィーザフを見上げた。
「・・今どうしたいと思った?」
「抱きあげたいと思った。」
 ささやくヴィーザフに、
「じゃあ、そうしてあげて・・後はあなたが心に浮かんだ通りの行動を起こせば、竜と宿主の契約は、終了するとおもうから・・。」
 もし、自分がこんな事をしている所を見られでもしたら・・それこそ、処刑の対象になるかもしれなかった。
(クーを残して死ねない。)
 心の中でつぶやきながらも、自分はどうしてこんな事をしてしまったのか・・してしまった事は仕方がない。
 早口で言い残すと、ソサクサと立ち去ってゆくのである。
 部屋の外に出て、道をそれた瞬間。スバーチ騎士団長とケベックが廊下の隅に姿を現したのが目に入った。
(危機一髪!)
 ホッとなって、チラリと部屋の中を確認すると、新入りが竜を恐る恐る抱き上げた瞬間が目に入った。
 竜の目には、恐怖の色が見えない。安心した瞳で、新入りを見上げるのを目にして、これでもう彼等は安心と、思ったのだった。



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